1975年の高柳昌行 北里義之

第7章 『四月はもっとも残酷な月』の特殊な位置

 初の海外盤となるはずだった『四月はもっとも残酷な月』は,2枚のアルバムの間では,『侵蝕』の音楽性に近いフリージャズ指向のアルバムである。『侵蝕』の録音から間もない,翌月,翌々月の録音と,時期が近かったせいもあるだろう。また彼らが「日本ジャズ」を内破するという正攻法ではなく,“フリージャズの本場” という「外部」に対する公の意識を働かせて,この機会にフリージャズの決定打となるような演奏をもくろみ,一段と凝縮力を高めたグループ表現に挑んだこともあるだろう。他のアルバムとの最大の相違は,集団即興に英語タイトルをつけてその作品性をアピールしたように,実際の演奏においても,数多くの即興演奏を経験することによって体得したフリージャズのみごとな解釈を前面に押し出したことにある。

 本盤に刻印された NDU のフリージャズは,『アクシス』における構造的アプローチとはまったく異なるもので,集団即興による絶対民主主義のもと,すべてのサウンドが同等の価値を持って飛び交い,しかもその一音一音が,全方位的に他のサウンドと緊密な関係を結ぶような音楽となっている。リリース元になるはずだった ESP の諸作とくらべても,響きに対する耳や,共演している他のメンバーへの配慮は細やかで,日本人はなんて音作りが丁寧なのだろうと驚嘆せずにはいられない。少し前に,高速度の流れと低速度の流れが,ひとつの場に同時に現われるような『アクシス』の時間構造を「宇宙的ホーリネス」と呼んだが,『四月はもっとも残酷な月』のフリージャズもまた,やはりひとつのホーリズムを体現している。それは,海中を竜巻となって遊泳する魚群が,何事かを察知して突然方向転換したり,ダイバーの突進に自由に身体を開いたり閉じたりする様子さながらで,一瞬たりともとどまることを知らない響きの無窮動が実現されているからだ。「ジャズ総体」に戦いを挑んだ高柳の生涯を支えたこのホーリズムは,晩年のアクション・ダイレクトにまで貫かれており,高柳音楽の根源をなす思想と言えるだろう。高柳昌行の即興に真の意味で迫るためには,この点の徹底的な解明が必要だと思われる。

 いびつなエレクトロニクス・サウンドを直列していく高柳の演奏スタイルは,本盤でも変わりない。しかし,理想のフリージャズを提示するために,メンバー全員の緊密なインタープレイが目指されたため,多彩なエレクトロニクス音は,モダンジャズに準ずる即興語法として扱われている。高速/低速の流れの合流は,ここではフリージャズの渾然一体となった集団即興に飲み込まれて,後背に退いている。『四月はもっとも残酷な月』は,やがて高柳の投射音楽が描き出すようになる宇宙的ホーリネスではなく,日本人によるフリージャズが世界レヴェルにあることを証明する性格のアルバムになっている。前言したように,サウンドを扱う繊細さは天下一品で,レーベルの資金が底をつかず,アルバムのリリースが実現していれば,ESP のミュージシャンたちを顔面蒼白ならしめたことだろう。

 ちなみに,『四月はもっとも残酷な月』にも,高柳のギターが梵鐘のように間歇的に鳴り響く「Waht have we given ?」(漸次投射)が収録されている。高柳は,このタイプのアプローチが生む,演奏のドラマチック性がよほど気に入っていたものと思われる。おそらく1975年には何度も何度も演奏されたに違いない。サウンドの万物流転とも言うべき演奏の流動性を意識した本盤で,楽曲はまた違った側面をのぞかせている。

 1975年の高柳昌行も,その他の時期と同じように,ひとときも歩みを止めようとはしない。これらのアルバム群をまとめて聴くと,少しでも前へ,少しでも深く,少しでもいい演奏をと,坦々とした生活者の歩みをもってジャズと闘っている彼の姿が,浮き彫りになってくる。願わくば,私たちもまた,どんな状況にあってもこんなふうに生きていたいものである。



※本論は,9月1日から7日にかけて,コミュニティ・サイト mixiの「日刊音場舎通信」に連載したものを、ジンヤ・ディスクのご好意により、若干の手直しのうえ転載させていただいたものです。


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