1975年の高柳昌行 北里義之

第3章 日本ジャズ史の特殊性

 即興演奏を重要な要素とする黒人ジャズ史にあって,モダンジャズとフリージャズは,それぞれに個別の形式を持つ別の音楽でもなければ,また既成の多くのジャズ正史が描き出すような,線的な,物語的な発展史を形づくるふたつの音楽の季節というのでもない。とても奇妙な比喩に聞こえるだろうが,この二者の関係は,ロシアのマトリョーシュカ人形のように,おそらく入れ子状態になっており,しかも内側にあるものの方が外側にあるものより大きいという,不思議な構造によって支えられている。

 かつて大木俊之助(※4)が,その著書『ジャズ・ジョイフル・ストリート』(JICC出版局/1991年)で90年代のジャズを論じた際,「ジャズの発展とは,広がりではなく高さである」と宣言して,上昇するスパイラルの図を用いてジャズ史を構成する斬新なアイディアを主張したことがある(同書214頁)。ここで提示しようとしている図式は,これとやや近い考え方と言えるかも知れない。ただ,大木の主張するスパイラルの上昇は,変化はしても発展のない(ということは出来事のない)円柱を描き,おそらくはその代償に,ベクトルの上昇に進歩的歴史観を反映させたものと解釈しうるのに対し,あくまでも「内破」による「出来事」の集積として成立するジャズ史にこだわる本論では,このスパイラルの図式を逆転し,時間が渦巻きながら下方に末広がりに広がっていく円錐形をイメージするのが適当だと思われる。この歴史構造を素描する円錐を上から(平面として)見下ろせば,内部で発生する渦巻が,円の外周を拡大していくように見える。この末広がりは,もちろんジャズという音楽ジャンルの拡大ではなく,演奏者の意識の拡大を示している。つまりここに示した円錐時間は,大木が主張したような「高さ」によってではなく,意識の「深さ」によって成立しているのだ。下に行くほどより深い内破。これまで誤解されてきたような,ジャズという音楽ジャンルの拡大ではなく,意識の拡大が引き寄せる音楽の変容とでもいうべきもの。

 同じことが,日本のジャズ史においても起こっていたと主張できるかと言えば,極めて疑わしい。もし日本ジャズ史が記述可能だとしても,それは以上のような合衆国の黒人ジャズ史とはまったく別の構造を備えたものになるだろう。端的に言えば,副島輝人による『日本フリージャズ史』(青土社)が,2002年になってようやく書かれたように,そもそも日本ジャズ史が,内破の戦略によってスパイラルするような「内部」,あるいは「内面」を持ったことなど,これまでなかったと思われるのである。おそらく『日本フリージャズ史』そのものが,著者の生涯をかけての「内部」構成,あるいは「内面」構成の努力だったことは,間違いないであろう。モダンジャズとフリージャズが,それぞれ別個に探究したものに,同時に答えなくてはならないというアンビヴァレンツな事態が,高柳昌行や副島輝人を,すなわち個々の音楽家や評論家を,そして日本の前衛シーンを襲っていたと考えられる(姜泰煥の話を参照すれば,おそらく韓国でも,ジャズ史を取り巻くこうした事情は,日本と大同小異だったようだ)。
 前衛をもってみずから任じる高柳昌行が,フリージャズをモデルとする複数のニュー・ディレクション・グループによって内破すべき場所を,一方ではモダンジャズのギタリストとして形作らなくてはならないというダブル・バインド状態は,おそらくこうした日本ジャズの特殊性に由来するものだろう。日本の即興演奏を担った音楽家は,個別に切り抜け方を模索していた。高柳昌行は,その双方に,律儀に,音楽に対する誠実さをもって対処しようとしたことで,大きな矛盾を抱えることになったが,同時に「ジャズ総体」というべきもの,つまりは日本の即興が闘うべき相手の姿を,私たちの前に引きずり出してみせたのである。

 (ちなみに,Exias-J を主宰するギタリスト近藤秀秋の軌跡を見ていると,高柳昌行や阿部薫のような先達の築いた日本の前衛音楽を,総体として引き受けながら,さらにその限界を内破していこうとする指向が,明らかに見て取れる。高柳と違って,彼らの世代には,「日本の前衛音楽」に関して,内部の意識が生まれているのである。これが,日本の即興音楽の自立を意味するのか,あるいは日本の即興音楽の保守化を意味するのか,別に詳細に検討する必要があるだろうが,内部の意識と即興演奏の関係に関しては,恰好の世代的見取り図を提供してくれると思う。)



【註】
(※4)大木俊之助 神田神保町にあったジャズ喫茶「響」のマスター。1997年に同店を閉店し,現在は故郷である神奈川県藤沢市で “日本一小さいジャズ喫茶”「響庵」を営業。


 1 2 3 4 5 6 7 >Next

 Copyright ©2007 JINYA DISC All Right Reserved.